広島市キリスト教会連盟 本文へジャンプ
連盟の歴史


連盟の歴史   戦前、広島市内には13の教会がありましたが、1945年8月6日、原爆により牧師、会員の多くが爆死、または負傷。会堂も一瞬にして全壊・全焼、あるいは大きな損害を受け壊滅状態となり、しばらくの間、教会としての働きができない状態でした。そうした中、生き残った牧師、信徒たちは「広島市基督教会連盟」を結成し、互いに協力しながら又、アメリカの教会関係を中心とした支援により教会の再建に着手しました。

 原爆投下1年後1946年8月6日午前7時30分より広島流川教会焼け跡において、市内教会連合追悼記念礼拝を行い、8時からは広島市基督教会連盟及び広島基督教青年会が主催して「原子爆弾災害1周年に際し広島基督教信徒大会」を行いました。1948年12月には、広島市基督教会連盟によるクリスマス合同集会を開催。

 以降、広島の諸教会は、広島市キリスト教会連盟をとおして、広島での伝道のために力を合わせています。